社歴
明治42年 | 初代伊藤光治は、愛知県岡崎市小伝馬町にて、伊藤写真館を創業(現在も営業中)し、 ポートレイトを中心に撮影する |
昭和10年 | 伊藤光治の次男(長男は幼少時に他界)、2代目伊藤利雄は東京銀座六丁目交詢社ビルで、 ライトスタジオの店名で写真撮影開始。コマーシャル、ポートレートを中心に撮影する |
昭和22年 | カラー印刷の為の三色分解写真開始、カラーフィルムで、 主に絵画・美術品を大型カメラで撮影を始める。国宝、重要文化財を多く撮影する。 |
昭和36年 | 現在地に移り、店名をイトウ工房とする。出版社・画廊・古美術商・画家より 写真撮影の依頼を受け現在に至る。 |
昭和54年 | 玄光社イラストレーション創刊 掲載用撮影を開始。現在に至る |
昭和63年 | 創業80周年を記念し有限会社イトウ写真工房(資本金1000万円)法人化する。 伊藤利雄の長男、3代目伊藤裕通が代表取締役社長に就任。 イラストレーター・製版・印刷会社・デザイナー・プロラボより写真撮影の依頼を受け現在に至る。 |
平成 元年 | フィルム濃度計の導入。数値化管理を始める。 |
平成 2年 | 玄光社イラストレーションファイル創刊 掲載用撮影を開始。現在に至る |
平成 7年 | デジタル関連機器の導入 。デジタルカメラテスト開始。 |
平成14年 | 1眼レフ ハイエンドデジタルカメラの導入。デジタル撮影を開始。 |
世界最大級オークションハウス CHRISTE’S オークションカタログ用 美術品撮影開始 現在に至る。 | |
平成16年 | SHU UEMURA 化粧品撮影 約2年間担当。 |
平成17年 | 「皇室建築 内匠寮の人と作品」掲載用 宮内庁所蔵 皇室建築図面・モノクロプリント撮影担当。 |
平成18年 | カラーマネージメントシステムの導入。デジタル機器の高度な調整・統一・管理を始める。 |
1眼レフ ハイエンドデジタルカメラの導入。 | |
平成19年 | 伊藤裕通の長男、4代目伊藤隆が代表取締役社長に就任。 |
国立公文書館 重要文化財(朽木家古文書・公文録)撮影。東京国立博物館 国宝 掛軸撮影。 | |
CHRISTE’S 運慶 大日如来坐像 撮影。 | |
平成21年 | 創業100周年記念 。 |
平成22年 | Numero TOKYO 裏表紙広告写真撮影。 |
平成23年 | ジークレー版画制作用印刷機の導入し、ジークレー版画制作を開始。 |
平成24年 | 1眼レフ ハイエンドデジタルカメラの導入。 |
平成27年 | 世界最高峰 中判デジタルカメラシステム ハッセルブラッドHデジタルシステムの導入。 |
平成29年 | 大型ジークレー版画制作用印刷機の導入。 |
平成30年 | プロカメラマンFILE2019(カラーズ)に最先端を行くフォトクラファーとして掲載される。 |
令和 元年 | 世界最高峰 中判デジタルカメラシステム ハッセルブラッドHデジタルシステム2億画素の導入。 |
デザインノート(誠文堂新光社)にプロフェッショナルフォトグラファーとして紹介される。 プロカメラマンFILE2020(カラーズ)に最先端を行くフォトクラファーとして、 デザインノート(誠文堂新光社)プロフェッショナルフォトグラファーとして2年連続紹介される。 | |
令和 2年 | プロカメラマンFILE2021(カラーズ)に最先端を行くフォトクラファーとして3年連続紹介される。 |
令和 3年 | プロカメラマンFILE2022(カラーズ)に最先端を行くフォトクラファーとして4年連続紹介される。 |
令和 4年 | 高精度カラーマネージメントシステムの導入。 |
令和 5年 | ホームページをレスポンシブWEBデザインに対応。 |
令和 6年 | 世界最高峰 中判デジタルカメラシステム 4億画素の導入。 |